最近、「マンジャロ」という薬の名前を耳にする機会が増えたかと存じます。新しい選択肢として期待の声が上がる一方で、治療法そのものや、自費診療という仕組みに対して、様々なご不安やご意見があることも、私たちは真摯に受け止めております。
この記事では、皆様が抱えるであろう疑問に丁寧にお答えしていきます。まず「自費診療」への根本的な疑問について、そしてその上で「マンジャロ」という具体的な治療について、医師の立場から、客観的なエビデンス(科学的根拠)をもとに解説いたします。
自費診療そのものへの疑問
まず、特定の治療法についてお話しする前に、多くの方が抱く「自費診療」という仕組みそのものへの疑問についてご説明させていただきます。
しかし、その背景には、国民皆保険制度という素晴らしい制度の枠内では、全ての患者様のニーズにお応えしきれないという現実があります。例えば、最新の医療技術や、海外では承認されていても日本では未承認の優れた医薬品を導入するには、莫大なコストがかかります。これらを保険診療の枠組みだけで提供することは、現行制度上、極めて困難です。
私たちは、利益のためだけに自費診療を行っているわけではありません。保険診療という土台を大切にしながら、それでもなお解決できないお悩みを持つ患者様に対し、責任を持って有効な選択肢を提示するための「手段」として、自費診療を提供していることをご理解いただけますと幸いです。
また、保険適用の対象は、主に「生命に直接関わる病気の治療」が優先されます。そのため、QOL(生活の質)の向上を目的とする治療(例:一部の不妊治療や薄毛治療、美容医療など)は、有効性が確立されていても保険適用となりにくい傾向があります。
私たちは、「保険適用が間に合っていないだけで、有効性が期待できる治療」を、必要としている方に少しでも早く届けたいという思いで、自費診療という形も選択しています。
だからこそ、私たちは「エビデンス(科学的根拠)」を何よりも重視します。当院で提供する自費診療は、
- 権威ある医学雑誌に掲載された質の高い臨床研究のデータがあるか
- 米国FDA(食品医薬品局)など、海外の主要な規制当局に承認されているか
を基準に、厳しく吟味したものだけです。治療をご提案する際には、メリットだけでなくリスクについても透明性をもってお伝えすることをお約束します。
その上で、自費診療は、その制度を「補完する」役割を担っていると考えています。誰もが必要とする基本的な医療は保険診療で守りつつ、さらに先の選択肢を求める方のために、別の道筋を用意する。それは、患者様ご自身の価値観やライフプランに基づき、「治療を選択する自由」を保障することにも繋がります。
もちろん、費用についてご納得いただくことは大前提です。私たちは、その治療が費用に見合う価値があるかを客観的なデータに基づいてご説明し、最終的な判断は患者様ご自身に委ねるというスタンスを徹底しています。
マンジャロについての疑問にお答えします
自費診療へのご理解をいただいた上で、次に具体的な治療法である「マンジャロ」について解説します。
そもそも「マンジャロ」とは? – 肥満症治療の新しい選択肢
マンジャロ(一般名:チルゼパチド)は、もともと2型糖尿病の治療薬として開発された注射薬です。しかし、その後の研究で、糖尿病ではない方においても高い体重減少効果が認められました。
海外の臨床試験が示す、その効果と安全性
「本当に効果があるのか?」という疑問に対しては、世界的に権威のある医学雑誌に掲載された大規模な臨床試験の結果が雄弁に物語っています。
代表的なものに「SURMOUNT-1」という臨床試験があります。これは、肥満または過体重の成人(糖尿病ではない)約2,500人を対象に行われました。その結果、マンジャロを72週間(約1年半)使用したグループは、平均で体重の19.5%〜20.9%(15mg投与群)の減少が認められました。これは、プラセボ(偽薬)グループの3.1%と比較して、統計的に極めて有意な差です。
さらに、この効果は単なる体重減少にとどまりません。同試験では、血圧の低下、悪玉コレステロール(LDL)や中性脂肪の減少、善玉コレステロール(HDL)の増加といった、心血管疾患のリスクを低減する効果も確認されています。
こうした明確なエビデンスに基づき、米国食品医薬品局(FDA)は2023年11月、マンジャロを肥満症の治療薬として正式に承認しました。これは、国際的な規制当局がその有効性と安全性を認めたことを意味します。
「危険な薬」という誤解について – 副作用と医師の役割
どのような薬にも副作用のリスクはあります。マンジャロで報告されている主な副作用は、吐き気、下痢、便秘といった消化器症状です。ただし、これらは治療の初期、特に投与量を増やしていく時期に見られることが多く、ほとんどは軽度から中等度で、治療を継続するうちに改善していくことがほとんどです。
私たちは、こうした副作用のリスクについても事前に丁寧にご説明し、患者様の状態を注意深く観察しながら、少量から慎重に投与を開始します。医師の管理下で適切に使用することが、安全な治療の鍵となります。
発売当初、まだマンジャロの効果・副作用が今のように認知されなかったころ「膵臓に障害をきたす」などの情報が出ていましたが、のちに臨床上の治療経験からそのような副作用はほとんど見られないことが現在では知られています。
また、もともと糖尿病治療薬として認可された治療薬を(現在は肥満治療薬として厚労省から認可されています)肥満治療といった認可外治療に使用することに対する、否定的な意見を一部の医師が発売当初から(そして今でも)示していたことが、マンジャロをダイエット薬として使用することに対するネガティブな意見が出た原因と考えられます。
マンジャロに関する疑問にお答えします
また、それでもリバウンドによる体重増加傾向が止まらない場合には、早めにご来院いただき再度短期間の薬物再開と日常生活の見直しを行いながら、最終的にリバウンドしない状況にまでご対応しております。
例えば、高血圧の方が生活習慣の改善と並行して降圧薬を飲むことを「ズルい」とは言わないように、肥満症という病気に対して医学的根拠のある薬物治療を行うことは、有効な選択肢の一つです。努力してもなかなか結果が出ず、健康を損なうリスクがあるのであれば、医療の力を借りることは決して恥ずかしいことではありません。
これは医療の世界では珍しいことではなく、ある病気のために開発された薬が、別の病気にも有効であることが分かり、適応が拡大される例は数多くあります(例えば、バイアグラは元々狭心症の薬でした)。医師は、こうした最新の医学的知見に基づき、患者様にとって利益があると判断した場合にのみ処方しています。
すでに日本でも「チルゼパチド(=マンジャロの成分名)」は肥満治療薬として厚労省で認可されています。ただし、その適用については「医療機関において食事・運動指導を一定期間受けたにもかかわらず、肥満が改善されない場合」のみ、同じチルゼパチドで保険適用薬である「ゼップバウンド」の方になります。
もちろん、費用についてご納得いただくことは非常に重要ですので、治療開始前には必ず明確な料金体系をご説明し、ご相談の上で進めてまいります。
医学的根拠に基づく選択肢として
マンジャロは、「楽して痩せる魔法の薬」ではありません。しかし、医師の適切な指導のもとで使用すれば、これまで食事制限や運動療法で十分な効果が得られなかった方々にとって、健康を取り戻し、生活の質を劇的に向上させる可能性を秘めた、非常に有効な「治療薬」です。
そして、自費診療は、こうした保険診療の枠には収まらない新しい価値を提供することができます。私たちは、科学的根拠に基づいた正確な情報提供をお約束し、患者様に寄り添った医療を提供してまいります。
引用元・参考資料
- SURMOUNT-1試験結果(The New England Journal of Medicine):
Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity - 米国食品医薬品局(FDA)による承認情報:
FDA Approves New Medication for Chronic Weight Management - マンジャロの血圧および脂質への影響に関するメタアナリシス:
Effect of tirzepatide on blood pressure and lipids: A meta-analysis of randomized controlled trials (ResearchGate) - 日本イーライリリー株式会社 医療関係者向け情報:
マンジャロ (チルゼパチド) | 医療関係者向け