「夫のささいな一言に、今までにないくらいカッとなってしまう」
「ニュースを見ているだけで、なぜか涙が止まらなくなる」
「夜になると、理由のない不安に襲われて眠れない」
更年期に現れる不調の中でも、特に辛いのが「感情のコントロールが効かなくなる」ことではないでしょうか。まるで感情のジェットコースターに乗っているかのように、気分の浮き沈みが激しくなり、自分でもどうして良いか分からず、自己嫌悪に陥ってしまう方も少なくありません。
まず、一番にお伝えしたいこと。それは、「あなたの性格が変わってしまったわけでも、心が弱くなったわけでもない」ということです。その感情の波は、あなたのせいではなく、女性ホルモンの急激な変化による、いわば「脳の誤作動」のようなものなのです。
この記事では、なぜ更年期に心が揺らぎやすくなるのか、その医学的な理由を解説するとともに、感情のジェットコースターを穏やかに乗りこなし、ご自身の心の平穏を取り戻すための5つのセルフケア術を、専門家の視点からご紹介します。
なぜ?更年期に「心」が揺らぐ医学的な理由
感情をコントロールしているのは「脳」です。更年期に心が不安定になるのは、脳に直接影響を与える2つの大きな変化が起こるからです。
- 女性ホルモン「エストロゲン」の減少
エストロゲンは、脳内で「セロトニン」という神経伝達物質の分泌を助ける働きがあります。セロトニンは、精神を安定させ、幸福感をもたらすことから「幸せホルモン」とも呼ばれています。エストロゲンが急激に減少すると、このセロトニンの分泌も減少しやすくなります。その結果、セロトニンが担っていた心の安定が保ちにくくなり、不安感や気分の落ち込み、イライラといった症状が現れやすくなるのです。 - 「自律神経」の乱れ
エストロゲンの分泌をコントロールしているのは、脳の視床下部という部分です。この視床下部は、同時に、心身を活動的にする「交感神経」と、リラックスさせる「副交感神経」からなる「自律神経」の司令塔でもあります。エストロゲンが減少し、脳が「もっとエストロゲンを出せ!」と混乱すると、そのすぐ隣にある自律神経の司令塔も影響を受けて誤作動を起こしやすくなります。その結果、交感神経が過剰に働き、常に緊張・興奮状態になることで、イライラや不安、動悸、不眠といった症状が引き起こされるのです。
つまり、あなたの感情の波は、明確な医学的根拠のある「体の変化」なのです。
心を穏やかにする5つのセルフケア術(心の処方箋)
原因が分かっても、辛いものは辛いもの。ここでは、高ぶった神経を鎮め、心を穏やかな状態に導くための具体的なセルフケアを5つご紹介します。できそうなものから、一つでも試してみてください。
処方箋1:「書く」ケア|ジャーナリングで感情をデトックス
頭の中で渦巻いているモヤモヤやイライラを、そのままノートに書き出してみましょう。これを「ジャーナリング」と言います。
- なぜ効くの?
感情を「見える化」することで、自分が何に怒り、何に不安を感じているのかを客観的に見つめ直すことができます。「なんだ、こんなことで悩んでいたのか」と冷静になれたり、問題解決の糸口が見つかったりすることも。また、ネガティブな感情を外に吐き出すこと自体に、心を浄化するカタルシス効果があります。 - やり方:
誰に見せるわけでもないので、文法も漢字も気にせず、ただ頭に浮かんだことをそのまま書きなぐるだけでOKです。「〇〇のせいでムカつく!」「将来が不安で仕方ない」など、ネガティブな言葉も遠慮なく書きましょう。時間を決めて(例えば5分間)、手を止めずに書き続けるのがコツです。
処方箋2:「呼吸」で整えるケア|自律神経のスイッチを切り替える
感情が高ぶっている時、私たちの呼吸は浅く、速くなっています。これは交感神経が優位になっているサイン。意識的に呼吸を深く、ゆっくりにすることで、リラックスモードの副交感神経へとスイッチを切り替えることができます。
- なぜ効くの?
深い腹式呼吸は、横隔膜を刺激し、全身の血流を促進します。また、脳に十分な酸素を送り込むことで、思考がクリアになり、興奮状態を鎮める効果があります。 - やり方:
- 椅子に座るか、楽な姿勢で横になります。お腹にそっと手を当てましょう。
- まずは体の中の空気をすべて吐ききるイメージで、口からゆっくりと息を吐きます。
- 次に、お腹が膨らむのを感じながら、4秒かけて鼻からゆっくり息を吸い込みます。
- 8秒かけて、口からゆっくりと息を吐ききります。この時、お腹がへこんでいくのを感じましょう。
- これを5〜10回繰り返します。
処方箋3:「香り」で癒すケア|アロマの力で脳をリラックス
香りは、思考を介さずに、ダイレクトに感情や記憶を司る脳(大脳辺縁系)に働きかける力を持っています。心地よいと感じる香りは、瞬時に心をリラックスさせてくれます。
- なぜ効くの?
香りの分子が鼻の奥の嗅上皮に届くと、その信号が電気信号に変換され、自律神経やホルモンのバランスを整える視床下部に直接伝わります。 - 症状別おすすめアロマと使い方:
- イライラ・怒りに: ラベンダー、ベルガモット、カモミール
- 不安・落ち込みに: オレンジ・スイート、ゼラニウム、フランキンセンス
- やる気が出ない時に: レモン、ローズマリー、ペパーミント
簡単な使い方: ティッシュやコットンに1〜2滴垂らして机に置くだけでもOK。マグカップにお湯を張り、そこに精油を垂らして蒸気を吸い込むのも簡単でおすすめです。
処方箋4:「五感」を喜ばせるケア|自分だけの「ごきげんリスト」を作る
意識的に、自分の五感が「心地よい」と感じるものに触れる時間を作りましょう。ストレスで過敏になった神経を、心地よい刺激で上書き保存するイメージです。
- なぜ効くの?
心地よい刺激は、幸せホルモン「セロトニン」や愛情ホルモン「オキシトシン」の分泌を促し、ストレスホルモン「コルチゾール」を減少させることが分かっています。 - ごきげんリストの例:
- 【視覚】好きな花を飾る、美しい景色の写真集を眺める、夕日を見る
- 【聴覚】お気に入りの音楽を聴く、川のせせらぎや鳥の声など自然の音に耳を澄ます
- 【嗅覚】アロマを焚く、好きな香りのハンドクリームを塗る
- 【味覚】とっておきのハーブティーや、少し高級なチョコレートをゆっくり味わう
- 【触覚】肌触りの良いブランケットにくるまる、ペットを撫でる、温かいお風呂に浸かる
処方箋5:「話す・繋がる」ケア|一人で抱え込まない
辛い気持ちを一人で抱え込むと、ネガティブな思考がぐるぐるとループしてしまいがちです。信頼できる人に話を聞いてもらうだけでも、心は軽くなります。
- なぜ効くの?
自分の気持ちを言葉にして話す(外在化する)ことで、思考が整理され、問題が客観視できるようになります。また、共感してもらうことで、「自分だけじゃないんだ」という安心感(オキシトシンが分泌される)を得られます。 - 誰に話す?
パートナーや親しい友人、姉妹など、安心して話せる相手を選びましょう。もし身近に話し相手がいない場合は、自治体の相談窓口や、更年期に特化したオンラインコミュニティ、専門のカウンセラーなど、外部のサポートを頼ることも非常に賢明な選択です。
自分を最大限に甘やかし、労わる時
更年期の感情の波は、あなた自身がコントロールできる範囲を超えています。まずは安全な場所に避難し、嵐が過ぎ去るのを待つことが最優先です。
今回ご紹介したセルフケアは、あなたにとっての「安全な避難場所」です。辛い時は無理をせず、自分を労ってあげてください。