年始のつぶやき

みなさま、
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

といっても新年になり5日が過ぎてしまいました。

今朝あたりは出勤のため電車に乗っても
乗客が多くて正月気分は既にどこへやらといった印象。

年末年始には診療をしていたため
どっぷりとお屠蘇気分に浸っていたわけではありませんが
さあ、気を引き締めて新年も頑張らなくては・・・

年賀状がわんさと届きました。
(新年早々年賀状をいただいた患者のみなさま、
どうもありがとうございます。)

ここ数年は
年賀状をやり取りする面子もほぼ固定化してきて
そのレイアウトや文面も
以前に見たような感じのものが多くなっています。
かく言う私も
毎年同じようなレイアウトで同じ印刷屋さんに頼んでおりますが。

以前の年賀状と今年の年賀状が似ていると感じるなんて
1年が過ぎるのが早い証拠です。
きっと毎日が新しいものに出会うことも無く
単調な日々の連続なんだろうなあ。
あ~あ・・・。

もっとも新しいものと出会ったとしても
果たしてそれを受け入れられるだけの素養が
今の自分にあるのかなあ。

年末の紅白を初めは見ていましたが
出てくる歌手の方も、歌っている内容も
自分にとって何も意味を成さないことがわかったので
すぐに見るのをやめました。

元日のあの極寒の夜
車で渋谷109の前を通り過ぎたら
2日の初売りバーゲンのため
若い女性達の長蛇の列。
なかには娘さんに頼まれたのでしょう。
僕と同じ世代の中年男性が列に混じっていらっしゃいました。

寒そうだなあ。

僕は将来娘に頼まれても
同じことは出来ません。
たぶん・・・いや、したりして・・・。
しかも若い女性の中に混じってまんざらでもなかったりして。
あはは。

前回ブログで紹介した「忍空」という漫画、
あのあとどうしても欲しくなってしまって
一昨日書店で全巻購入し
一昨日・昨日の晩遅くまで読みふけっていました。
おかげで寝不足ですが
娘が最近ハマッているプリキュアとはまったく違い
自分が良いと思っていたものに触れることが出来て
少しストレスが解消されました。

そう、
時間の経過とともに人々の価値観も移り変わり
自分が良いと思うものが
人々にとって必ずしも良いものではないということに
随分前から気づいていたのですが
最近では
自分が良いと思うものは
以前のように当たり前に身の回りにあるのでなく
自分で気合を入れて探さないと
見当たらないという状況になってきています。

孤独。

ふっとその言葉が頭をよぎりました。

年末に高校のときの同窓会がありました。
僕は仕事の都合でいけなかったのですが
昨日その幹事から
そのときの様子が写メで届きました。

写真からも文面からも
とても盛り上がっている様子が見て取れます。
同じ時間・空間を共有した仲間だという郷愁に似た感情と
同じ世代の人間同士だという連帯感が
遠慮なんか要らない
安心感で満ちた居心地のいい会だったんだろうと
想像させてくれました。

今ではそれぞれがまた
会社や家庭に戻って
昨日までと変わらない単調な日々を
一生懸命こなしているんだろうな。

みんな、
頑張れ!!!

最近は毎晩就寝前に
岡村孝子さんのベストアルバムをかけながら寝入っています。
以前ブログに岡村孝子さんのことを話題にしましたが
それをお読みになったある患者さんが
12月に外来にいらしたときにプレゼントしてくださいました。

「わざわざすみません。
最近は聴ける歌が無くて。
昔の歌をyoutubeで検索している状況なんです。」

そう言うとその患者さん、
「あら、みんな同じよ。」

そう、僕は一人じゃない。
同じ寂しさを抱えてみんな頑張っている。